Archive for the 'マスコミ記事' Category

Published by itouya on 13 7月 2016

「市田柿」ブランド保護登録へ

 農林水産省は12日、国が地域の農林水産物や食品をブランドとして保護する「地理的表示保護制度(GI)」の対象に、長野県飯田市などの「市田柿」と、福井県鯖江市の「吉川ナス」を登録したと発表した。GIは昨年12月から登録が始まり、14品目となった。
 市田柿は、地域発祥の糖度の高い品種を用いた小ぶりな干し柿で、あめ色でもっちりとした食感。生産農家にかけられる「柿のれん」は風物詩となっている。(略)

毎日新聞2016年7月13日〜農水省ブランド保護登録「市田柿」と「吉川ナス」に〜の記事より紹介しました

Published by itouya on 29 6月 2016

天竜峡「樵廡洞」にくさびが打ち込まれる

 長野県飯田市の国の名勝「天竜峡」では、高さ約10メートルの巨岩「樵廡洞」に少なくとも63本のくさびが打ち込まれているのが確認された。
 「樵廡洞」は天竜川右岸に面し、ひさしのように90度以上の角度で傾斜している部分もある。危険なため普段から周囲には立ち入り禁止になっている。くさびは今年3月、地元住民が見つけ、市に通報した。岩の下部から頂上まで約10メートルにわたって打ち込まれ、中にはさび付いたものもあった。「樵廡洞」には軟らかい花こう岩も交じっていることから、くさびを抜くと崩落する恐れがある。市は文化庁に、「毀損届」を提出し、対応を検討している。市によると現場付近でのクライミングの目撃情報は寄せられていない。(略)天竜峡は飯田市を流れる天竜川の峡谷で、1934年に国の名勝に指定された。長野、愛知、静岡の3県にまたがる天竜奥三河国定公園内にあり、自然公園法で特に警官の保護が定められている第1種特別地域にも指定されている。

毎日新聞2016年6月29日〜名勝岩肌にくさび 文化庁が緊急調査「打ち込み63本長野「天竜峡」(湯浅聖一氏による)〜より紹介しました

Published by itouya on 30 5月 2016

メロンようかん、ファーマーズマーケットで販売

 茨城県鉾田市にあるJAほこたの直売所「ファーマーズマーケットなだろう」では、一風変わった「メロンようかん」(540円、210グラム)を販売している。
 茨城県はメロンの収穫量全国一。その一大産地の鉾田市で、傷が付いたり、サイズが小さかったりなどといった理由で、正規品にならない地元産メロンを有効利用しようと、水戸市の亀印製菓が中心となって開発。羊かん作りのノウハウがあり、「まだ商品化されていないものを」という思いから、羊かんとメロンを組み合わせたという。白あんと果肉が残るようにピューレ状にしたメロンを使うため、羊かんでありながらメロンの粒感を楽しむことができる。「なだろう」(鉾田市飯名537の1)では、ほかにメロンリキュールや「あまエルトマトジュース」などが人気。午前9時半〜午後6時で、元旦を除き無休。東関東道茨城空港北インターチェンジから車で約15分。

毎日新聞2016年5月30日〜直売所だより「メロン果肉感じる羊かん」(篠崎真理子氏による)〜より紹介しました

Published by itouya on 28 4月 2016

お茶とお茶菓子

(毎日新聞に掲載された辰巳芳子さんの文章から)
 お茶は茶葉とお湯だけの関係です。真心こめてお茶をいれられない人は料理も作れません。料理はおいしいお茶をいれることから始まります。昔、地方によっては、家の主人がお客さまのおもてなしにお茶をいれてさしあげたものです。お客さまをねぎらい、よい関係を築くための心得だったのです。
 玉露や煎茶は70度ぐらいに湯冷まししたお湯で、ゆっくりじっくり茶葉を開かせていきます。お茶をいじめずにいれるとお茶のいいところだけがでてきます。苦みが少なく、香り、うまみが立ち上がります。自然農法で作られたお茶は雑味がなくすっきりした味で、毎日安心して飲むことができます。お茶はお茶菓子とともに楽しんでください。お茶にあわせお茶菓子を選ぶのも日本の食文化ならではのものです。

毎日新聞2016年4月26日〜くらしナビライフスタイル・辰巳芳子さんと生産者「お茶」“辰巳さんの一言”〜より紹介しました

Published by itouya on 15 4月 2016

もなかの皮で新業態の店

和菓子製造・販売の十勝たちばな(東京・世田谷)は15日。もなかの皮を使った若者向けの新業態をさいたま市に開く。もなかの中に入れるトッピング類を充実させたり、珍しい味のタレを用意したりする。SNS(交流サイト)で拡散しやすいメニュー提案で若い層の需要を取り込む。
店名は「福家だん吉」。1号店を大型商業施設「ステラタウン」(さいたま市)内に開く。団子やアイスをもなかの皮で挟んだ商品を提供する。主力商品の「だん吉団子」(税別200円)はぱりぱりのもなかの皮に店内で焼いた焼きたての団子を挟む。団子にかけるタレは4種類から選ぶことができる。みたらしや粒あんなどの定番以外にも、カスタードチョコやお好み焼き風など目新しいタレを用意する。同じく主力の「だん吉アイス」(同350円)はトッピングの数を充実させる。もなかの皮に挟むアイスは季節限定品も合わせて8種類の中から選べ、アイスのうえに乗せるトッピングは13種類の中から選べる。(略)

日経MJ 2016年4月10日〜アイス・団子inもなかの皮(十勝たちばな)若者向けの新業態〜より記事を紹介しました

Published by itouya on 23 3月 2016

夢で見たヒヨコを再現「名菓ひよ子」(浅川大樹氏による)

 丸みを帯びた姿が愛らしいまんじゅう「名菓ひよ子」。1912年、福岡県飯塚市で誕生した。現・株式会社ひよ子の2代目店主・石坂茂氏が14歳の時に夢で見たヒヨコを再現したと語り継がれている。
 飯塚は産炭地・筑豊の中心。肉体労働をする炭鉱員が多い街は、甘い菓子が好まれた。茂氏は当時珍しかったカフェを後に営むチャレンジ精神旺盛な人物だった。丸や四角ではなく形に特徴のある商品にしたいと思っていた。
 飯塚は養鶏業も盛んで、茂少年の目にはヒヨコのいる風景は身近だった。「少年の頃から菓子作りに熱中していたので、夢にもヒヨコが現れたのでしょう」と5代目の石坂淳子社長は語る。
 茂氏は白あんを記事で包み成形する木型づくりに没頭したが、立体の菓子は焼き上げるときに熱の伝わり方が一定ではない。絶妙な形を求めて苦心の末できあがった菓子に、我が子の意味も込めて「ひよ子」と名付けた。
 発売後はつくるそばから飛ぶように売れた。戦後、福岡市に出店した時は店の前に長蛇の列ができて評判になり、福岡土産の定番に。東京五輪のあった64年に埼玉県の工場が完成し、新宿駅の駅ビルに東京1号店を出店。今では東京土産として九州へ持って行く人もいるほどだ。現在年間売上高は「ひよ子」だけで約50億円。夢から生まれた菓子は、全国で親しまれる名物に育った。

毎日新聞2016年3月23日〜夢で見たヒヨコを再現「名菓ひよ子」(浅川大樹氏による)〜より紹介しました

Published by itouya on 30 12月 2015

喜久水純米吟醸「猿庫(さるくら)の泉」



朝日新聞2015年12月29日版の広告特集で、長野県飯田市の酒「喜久水」が紹介されていました。
喜久水純米吟醸「猿庫(さるくら)の泉」
日本名水百選「猿庫の泉」を仕込み水に用い信州産酒造好適米「美山錦」のみで醸したこだわりの純米吟醸酒。フルーティーな香りとさわやかな味わいです。(上記、朝日新聞広告より)

Published by itouya on 15 12月 2015

正月を彩る和菓子

 目を楽しませる美しい色遣い、ほのかで優しい甘み・・・
一年の幕開けを彩る和菓子の楽しみ方を、全国和菓子協会専務理事の藪光生さんに伺いました。
 「花びら餅は、宮中の新年お祝い料理の一つである菱葩が、茶席の初釜の和菓子へと変化したものです。また、新年の歌会始の御題を頂いた『御題菓子』も、菓子職人の技や感性が表れる品で、それぞれの店の個性があります」。(略)
 現在親しまれている和菓子が多く誕生したのは江戸時代。京都と江戸が競い合うようにして技を磨き、互いの菓子文化が発展を遂げたのもこの時期でした。ところで、和菓子には今も東西で若干の違いが見られるそうですね?
 「生菓子で使われる材料が関西では『こなし』、関東では『煉切』と異なりますし、菓子の意匠も関西では季節の色を重視して形は抽象的なのに対し、関東は花のしべや葉脈を表すなど具象的表現が多いですね。和菓子は各地に郷土色豊かなものがありますので、趣を感じて召し上がっていただくのも楽しいですね」
 ほかにも春の草餅や桜餅、夏の水ようかん、秋のクリの菓子など季節を感じる甘味があります。今やとらやパリ店もフランス人で大にぎわいとか。世界に誇る繊細な和菓子で、日常をはんなりさせてみませんか?

毎日夫人2016年1月号〜和菓子ではんなり(文・寺島知春氏による)〜より紹介しました

Published by itouya on 21 10月 2015

和菓子の文庫本

和菓子 WAGASHI ジャパノロジー・コレクション
角川ソフィア文庫
藪光生(著)

某高等学校の図書館で紹介されていました。
気になって検索してみました。


あらゆるお菓子がオールカラーで紹介されている文庫本。

角川オフィシャルサイト

Published by itouya on 30 9月 2015

岸朝子さん訃報

岸朝子さん=食生活ジャーナリスト、22日、心不全のため死去、91歳。
お別れの会を11月14日に行うが、場所などは未定。喪主は次男、俊行氏。
 女子栄養学園(現女子栄養大)卒業後、主婦の友社などで料理記者の先駆けとして活躍した。1993年からフジテレビ系の人気番組「料理の鉄人」に審査員として出演し、「おいしゅうございます」のセリフで話題となった。著書に「東京五つ星の手みやげ」など。

日本経済新聞2015年9月29日より

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