長野県飯田市の遠山郷は南アルプスを展望する山間地の秘境。山野急斜面に点在する集落はオーストリアのチロル地方に似た里山で「日本のチロル」と呼ばれる。(略)
 飯田市市街地から南東に車で走る。矢筈トンネルを抜けて、ヘアピンカーブの続く山岳道路をたどると、スキー場の上級コースを思わせる山腹の急斜面に下栗の里があった。総戸数53戸。人家と猫の額のような耕作地が上へ上へと続いている。山奥の急峻な土地になぜ人が住みついたのか。(略)長篠の戦いで織田信長に敗れた武田軍の残党が隠れ住んだという伝説も。
 ビューポイントから見た絶景に圧倒された。標高約1000メートル。はるか下には清流、遠山川。渓谷には雲海が漂い、その上にのぞく山あいの集落が織りなす景色は、天が描いた神秘的な風景画だ。ペルーの空間都市マチュピチュを思い起こさせる。遠くに見える雪を冠した南アルプスの名峰も美しい。「日本百名山」の著者、深田久弥は「下栗ほど美しい平和な山村を私はほかに知らない」と書いた。(略)

日本経済新聞2009年3月11日夕刊〜日本のチロル雲上の里「長野・遠山郷」(編集委員木戸純生氏による)〜より本文の前半部分を紹介しました