長野県飯田市の「春月」は、煮豆専門店だ。50年ほど前から煮豆を作っている。看板商品のおたふく豆はソラマメの甘煮である。大粒で肉厚、つやつやと光っている。皮まで軟らかく、ねっとりと濃厚な豆の味と香りがある。煮豆というとお総菜のイメージがあったが、これはひと味違う。主役をはれる力がある。春月は以前、割烹旅館を営んでいた。このおたふく豆は、女将が煮て、お客さんのお茶請けにしていたもので、評判になって販売するようになった。現在は3代目の本田達史さんが店を取り仕切る。
 ソラマメは厳選したポルトガル産の乾燥豆。国産では、ここまで粒が大きく、肉厚のものはないという。地下110メートルからくみ上げた地下水で豆を戻し、大きな鉄鍋で水煮する。地味な作業だが、実はこの段階が最も大切なのだ。飯田は盆地で夏は暑く冬は寒いので、季節によって煮る時間がかなり変わる。この段階で砂糖は加えない。豆が締まって、それ以上いくら煮ても軟らかくならないからだ。皮が破れず、中心まで軟らかくなるまで十分に煮る。(略)

読売新聞2012年7月21日夕刊〜甘味主義「おたふく豆」(中島久枝氏による)〜より紹介しました


参考 春月